子供の死の歌は、その成立史にも関わらず、連作歌曲集として構想されている。時期的に近接する 同じリュッケルトによる歌曲が基本的にそれぞれ独立で、それゆえ選択も組み合わせも排列も自由で あるのと対照的に、子供の死の歌は、その中のある曲を単独で演奏することは原則として想定されていない のである。
ただし子供の死の歌の成立は、そんなに単純ではない。単純に成立順と排列が一致しないということではなく、 そもそも成立時期に分裂が見られるのである。一般には第1,3,4曲が1901年、第2,5曲が1904年の成立である とされるが、この年代を注意深く眺めれば、夏の作曲家マーラーにとって1901年の夏は独身最後の年であり、 要するに子供がいないのは勿論、結婚すらしていないという事実に思い至ることになる。他方の1904年の経緯 についてはアルマの回想が残っていて、アルマにより第6交響曲同様、預言的な作品と見做されることになる。 預言的というのは、1902年に誕生した長女マリア・アンナが1907年に猩紅熱とジフテリアの合併症で没して しまうことを指しているのだが、いずれにしても1901年に、それまでの「子供の魔法の角笛」による作曲のうちの 最後のもの(「少年鼓手」)とともにリュッケルトの詩に作曲しようとした理由のうちに、後の1907年の出来事に 繋がる何かを読み取るのは難しそうだ。リュッケルト自身は実際に子供の死を経験して400篇にもなる詩を 書き、それらを詩集「子供の死の歌」として1872年に出版したのだったが、マーラーがその詩を取り上げたのは 自分がかつて喪った弟エルンストの名がリュッケルトが喪った子供の一人と同じであったから、という理由づけは、 勿論否定しさることはできないにしても、控えめに言っても様々な動機付けの一部であった可能性がある、 といった程度のものと考えるのが穏当なところだろう。この夏にマーラーは、子供の死の歌に含まれる3曲だけではなく、 リュッケルトによる歌曲のうち「美しさゆえに愛するなら」を除く4曲もまた作曲しているのである。
だが更に問題になると思われるのが、3年の空白を経て2曲が追加され、最終的に連作歌曲集として 編まれることになったこの作品の内的なコヒーレンスの方である。この後マーラーは、実際の子供の死を経たのち、 最後の連作歌曲集「大地の歌」に取り組むことになるのだが、「大地の歌」の楽章排列には、単に楽曲形式の 水準のみならず、死の受容という心理的なプロセスとしてのリアリティが備わっているのに対し、この 「子供の死の歌」の排列はどうなのか、というのがここでいうコヒーレンスの問題の在処である。例えば調的 配置を確認してみれば、ニ短調で開始される第1曲に対して長大な第5曲もまたニ短調で開始され、 終曲の子守歌は同主調のニ長調で全曲を閉じることになる。中間の3曲はハ短調、ハ短調、変ホ長調であり、 4曲目は2,3曲目の並行調であることになる。もっとも第4曲の調性感は不安定で、長調と短調の間を 揺れ動く印象が強い。詩の内容上の様々な「光」の移ろい、地上と天上、屋外と室内の対比は 一層興味深いし、そこにはプロセスが読み取れるように感じられるが、その質は「大地の歌」のそれとは 随分と異なるもののように思われるのである。(2008.10.6 この項続く)
1.今や太陽はああも晴れやかに | 第1節前半「ゆっくりと、憂鬱に、ひきずることなく」 | 1 | 24 | d | ||
第1節後半、第2節前半 | 25 | 47 | ||||
間奏 | 48 | 58 | ||||
「少しより動いて」 | 59 | 67 | ||||
第2節後半「テンポIに戻って」 | 68 | 84 | ||||
2.いまにしてよくわかる | 第1節「落ち着いて、ひきずることなく」 | 1 | 21 | c | ||
第2節 | 22 | 37 | Es | |||
第3節「テンポI」 | 38 | 53 | D | |||
第4節 | 54 | 74 | Ges | |||
3.おまえのやさしい母さんが | 第1節「重く、虚ろに」 | 1 | 32 | c | ||
第2節「冒頭のように」 | 33 | 70 | ||||
4.よく思うのだが | 第1節「落ち着いた動きで、急ぐことなく」 | 1 | 23 | Es/es | ||
第2節 | 24 | 46 | es | |||
第3節 | 47 | 71 | ||||
5.こんな天気になるのなら | 前奏「落ち着きなく、痛々しい表現で」 | 1 | 17 | d | ||
第1節 | 18 | 32 | ||||
第2節 | 33 | 51 | ||||
第3節 | 52 | 74 | g | |||
第4節 | 75 | 100 | ||||
第5節「ゆっくりと、子守歌のように」 | 101 | 139 | D |
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(2008年2月作成)