グスタフ・マーラー Gustav Mahler (1860-1911)・作品覚書(11)大地の歌


大地の歌

マーラーを代表する作品として「大地の歌」が挙げられることは別段珍しいことではないだろう。 ただし、マーラー・ブームこのかたの演奏会レパートリーや受容の傾向からすれば、「大地の歌」が マーラーを代表する作品と見做されているとは最早言い難いというのが現実ではなかろうか。

それには幾つかの理由が考えられるが、それぞれがこの「大地の歌」という作品の持つ問題を 浮び上がらせるもののように感じられる。まずは、巨大な管弦楽だけではなく、歌手を2人必要と する特殊な編成が、興行する側にとってはレパートリーとしては不利に働くという点。歌手にとっても、 大規模な管弦楽の大音響の中で歌うこの曲は厄介な作品だろうし、それにはこの曲が マーラー自身によって初演することのなかったという事情も関わっているかも知れない。アルマの 主張とは食い違うことになるが、マーラーがもしこの曲を自分で一度でも演奏したら、果たして 管弦楽法に手を入れなかったと言い切れるものか。最近、シェーンベルク=リーン編曲版という 室内管弦楽伴奏版が注目を浴びているのは、耳が肥え、新しいもの、珍しいものにしか 感動しなくなった聴き手側のニーズに応えるというマーケティングの問題もさることながら、 演奏する側の事情も介在している可能性だってあるだろう。

だがそれならば、あのシェーンベルクの手になるものとは言いながら、所詮は他人の手になる 編曲よりも、これまた完成稿とは言い難いとはいいながら、マーラー自身の手による ピアノ伴奏版があるではないか。だが、交響曲よりは連作歌曲としての性格が強くでる ピアノ伴奏版の分は更に悪い。歌曲というジャンル自体の聴き手が限定される上に、 マーラーの歌曲は、ドイツ歌曲の流れからすれば明らかに傍流、異端であることもあり、 一方でマーラーの聴き手のほとんどは専ら交響曲にしか関心がないという事情もあり、 マーラーの歌曲が取り上げられる機会は限定される。仮に取り上げられたとしても、 交響曲としてのスケールを備えた「大地の歌」は、ピアノ伴奏版であっても、歌曲の リサイタルのプログラムには馴染まないだろう。

しかしその一方で、初期に例外はあるにせよ、基本的に交響曲と歌曲という ジャンルのみで創作を続けたマーラーの作品の中で、「大地の歌」が占める位置は やはり特別なものであるに違いない。交響曲にして連作歌曲、というどっちつかずは、 コンサートやCD販売といった興行や流通の制度からすれば厄介者扱いされかねないが、 マーラーの創作の文脈においては、こうした形態の作品がその創作の到達点の一つとして 産み出されたことこそが、その創作の特異性を浮び上がらせる。たかが管弦楽伴奏の ソロ・カンタータを「交響曲」と名づけただけの話ではないか、という醒めた見方もあろうし、 私にはそれに抗弁するだけの音楽史的な知識もないが、ツェムリンスキー、ブリテン、 ショスタコーヴィチの類似の作品は、マーラーの「大地の歌」の強い影響下にあるわけだし、 逆にマーラーがこの作品を産み出すにあたってモデルになった先行作というのも 杳として知らない。事実関係としてそうであるわけだし、そもそもマーラーの創作の論理に したがったとき、それはやはり交響曲にして連作歌曲と呼ぶほか無いもの、最初は 連作歌曲であったものが、交響曲の構造を具備するような発展がその創作過程で 生じた作品なのである。(2008.10.7 この項続く。)

*   *   *

形式の概略(長木「グスタフ・マーラー全作品解説事典」所収のもの)
第1楽章(ソナタ形式) 呈示部(第1節)オーケストラ導入部「アレグロ・ペザンテ」115a
主部(1~2行)(力いっぱいに)1632
経過部(3行)「テンポI」3352d-g
副次部(4~5行)「同じテンポで」5380
リフレイン(6行)「とても落ち着いて」8188
呈示部展開反復(第2節)オーケストラ導入「テンポI スビト」89111
主部(1~2行)112125
経過部(3~4行)125152a-B-Ces
副次部(5~7行)153182es
リフレイン(8行)「ア・テンポ とても落ち着いて」183202as/As
展開部(第3節)オーケストラ導入(主部・副次部展開)「ア・テンポ」203260f
第1部分(1~2行)261284
第2部分(3~5行)285325
再現部(第4節)主部(1~3行)326352a
経過部(3~5行)353368
リフレイン(5~7行)369392A/a
後奏393405
第2楽章 オーケストラ前奏 「いくらかひそかにけだるく」124d
A(第1節)「いくらか遅くして」2549-g
A'(第2節)5077d-g
B(第3節)78101d-D
A''(第4節)~「流れるように」~「高揚して」102137d-Es-d
オーケストラ後奏138154
第3楽章 オーケストラ前奏 「くつろいで快活に」112B
A(第1~2節)1334-G
B(第3~4節)3569
C(第5節)7096g
A'B'(第6~7節)「テンポI スビト」97118B
第4楽章 A導入(z)「コモド・ドルチッシモ」16G
x(第1節1~2行)「少し流れるように713
y(第1節3~5行)「より落ち着いて」1323
x'(第2節1~2行)2429
z(第2節3~8行)「ア・テンポ(より落ち着いて)」3042E-H
B導入4352G-C
行進曲「ピウ・モッソ・スビト(行進曲のように)」5361
(第3節)「さらに放縦に」6274
疾駆「アレグロ」7587c
(第4節)8895F
A'z-x(第2節1~2行)「テンポI 、スビト(アンダンテ)」96103B
z(第5節1~3行)104114G
y(第5節4~6行)「とても落ち着いて」114124
後奏124144
第5楽章 第1節「アレグロ はしゃいで、しかし速すぎずに」115A-B-F
シグナル(1)(3)
第2節「ア・テンポ」1529A-B-F
シグナル(15)(17)
第3節「ア・テンポ」2945A-A/a
シグナル(29)(32)
第4節「テンポI スビト」4564F-B-Des
シグナル(45)(46)
第5節「テンポI スビト」6572C
第6節7287A-B-F
シグナル(72)(74)
シグナル「アレグロ」8789A
第6楽章 主部(第1節)オーケストラ導入「重く」118c
1~3行「流れるように、イン・テンポで」1926
オーケストラ間奏「テンポI」2731
4~6行3254
副次部1(第2節)オーケストラ導入「とても中庸に」5570a
1~2行7180
オーケストラ間奏「少し動きをもって」81100
3~9行101149
オーケストラ間奏「遅く」150157
レシタティーヴォ10~12行「一様に速まることなく」158165
副次部1(第2節)オーケストラ導入「流れるように」166198B
1~4行「とても落ち着いた拍節で」199246
5~6行「再びとても落ち着いて」247287
小結尾「中庸に」288302a
主部変奏(第4節)オーケストラ導入「重く」303375c
1~3行「速まることなく」375381
オーケストラ間奏「ア・テンポ」381389
4~6行389405
第5節1~2行405429
副次部第I変奏(第5節3~5行)430459a
副次部第II変奏(第6節)1~3行460489C
3~4行490508
コーダ509572

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形式の概略:Henry Louis de la Grange, Mahler vol.3 (フランス語版) pp.1136,1142,1145,1150,1153,1165所収。(譜例は略。なお大地の歌についてはフランス語版と英語版の分析に相違が見られる)
1.地上の苦しみについての乾杯の歌第1節A115前奏Allegro pesante/A tempo sostenutoa, A/a
1652第1セクションSchon winkt der Wein
5388第2セクションとリフレインWenn der Kummer nahtSempre l'istesso tempo, とても静かにd, G/g
第2節A89111間奏Tempo I subitog, c, D, a
112152第1セクションHerr dieses Hauses!B, Ges, Es, es, Aes, aes
153192第2セクションとリフレインEin voller Becher- A tempo, とても静かに
第3節(展開)B203263間奏f, B, c
264325詩節Das Firmament/ Du aber Mensche情熱的に
第4節A1326329詩節とリフレインSeht dort hinab!抑えてa, c, B, aes, A, a, A, A, a
後奏393405
2.秋に孤独な人前奏124少しひきずって、疲れてd
第1節2532A1Herbstnebel wallen少し抑えてd(B), g
3338B1流れるように
第2節3959A2Man meintTempo I subito (少し引きずって)d/D, g, d
6062B2流れるように
第3節6369A3Bald werdenTempo I subitoB
7077B3優しく動いて、再び抑えて
第4節7891A4Mein Herz ist müdeTempo I:急がずにd, Es, B, D
92101B4Ich komm'zu dir引きずらずに
第5節102120A5Ich weine vielTempo Id, g
121135B5Der Herbst流れるように/大きく飛躍してEs
後奏136154Tempo I subitod
3.若さについて134A1-2Mitten in dem kleinen気楽に、活気を持ってB
3569B3-4In dem Häuschen同上G
7096C5Auf des kleinen Teichenより静かにg
97116A';B'6-7Alles auf der Köpfeゆっくりと/Tempo I subitoB
4.美について16導入Comodo. DolcissimoG
727A1-2Junge Mädchen幾らか流れるように
2832間奏より静かに
3242Sonne spiegeltA tempo(より静かに)E
4349間奏少しずつ活気付いてG,D
5061前奏Più mosso subito行進するように中庸にC
6271B3-4O sieh, was tummeln更にいっそう速く
7287間奏常により流れるように/Allegro-C
8895Das Ross des einen更に流れるように/更にいっそう急いでF/D
9697前奏Tempo I subitoB
98101A15Goldne Sonne(Andante)
102106間奏
106124Und die Schönste全く静かにG
124144コーダ
5.春に酔える者13導入(繰返し)AllegroA
48A+1Wenn nur ein TraumPesante... A tempoB
815BIch trinke, bisF
1517繰返しA
1821A+2Und wenn ich nichtPesante... A tempoB
2225導入F
2628BSo tauml'ich bis
2932繰返し
3237A+3was hör'ichA tempo... より静かに/更に静かにB
3744BIch frag'ihnRitenuto. ゆっくりとA
4546繰返しTempo I subitoF
4750A+4Der Vogel zwitschertB
5164BDer Lenz ist daためらって/全くゆっくりと/いくらか流れるようにDes/Aes
65715Ich fülle mirTempo IF, C/c
7274繰返しA
7579A+6Und wenn ich nichtB
8087BUnd wenn ich nichtF
8789繰返しAllegroA
6.別れA119導入4/4-5/4重くc
2026レシタティーヴォno.1Die Sonne scheidet自由流れるように。拍子をとって
2732間奏Tempo I
3239O sieh! wie eine SilberbarkeC/c
3954Ich spüref
B 第1リート5570前奏Alla breve非常に中庸にF
7180Der Bach singt少し活気付いてd,a
81101間奏Pesante
102110Die Erde atmetA TempoF
111118間奏流れるように
118128Die müde Menschen2/2-3/2急がずにcis/Des
128136間奏Alla breve
137147Die Vöegel hocken stilla
148149Die Welt schläft einゆっくりと
150157間奏6/4-4/4-5/4
158165レシタティーヴォno.2Es wehnt kühl自由非常に均等に、急がずに
C 第2リート166198前奏3/4流れるようにB
199229Ich sehne mich気付かれずに一つ振りに移行する
229236間奏非常に流れるように
237287Ich wandle再び非常に静かに、急がずに
288302間奏(鳥)Alla breve中庸にa
A'303375第2部の前奏4/4重くc
375381レシタティーヴォno.3Er stieg vom Pferd急がずに
381389間奏
390394Er sprach
第3リート394409Du mein FreundC
410419Wohin ich geh'?6/4(3/2)-4/4Rit. ゆっくりとc/C
B'420449Ich wandleAlla breveとても中庸にF
450459後奏
C'460527Die liebe Erde3/4ゆっくりとC
527572Ewig, ewigクレシェンドせずに!
(2009.9.22)


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(2008年2月作成)